全文検索が普及しても MARCはいるのか?
twitterで話題になっていたので、まとめてみました。
全文検索が普及しても MARCはいるのか? http://togetter.com/li/12407
私は何度か似たような質問を受けたことがあるのですが、うまく答えることができず、うぅっとなっていたのですが、@tsaka1さんのコンパクトでインパクトな回答にすっきりです!
全文中に明示的に記述されず、機械的に補完出来ないものですよね。 RT @ke_shira: そうですね、全文検索が不可能だから目録やMARCがあった。「全文検索ができても、それでも必要なメタとは?」を考えていく必要ありますね。 RT @rakusai: ... #toshokan
tsaka1 2010-04-02 23:14:46
http://twitter.com/tsaka1/status/11482109536
蛇足。目録と索引の役割は根本的に異なるけど、MARC以前の目録にはその両者の機能を持たせざるを得なかったのが引きずられていますね。ちなみに目録中に込められた「索引」とは標目(指示)。著者名標目、件名標目、、、。 #toshokan
2010-04-02 23:18:26
http://twitter.com/tsaka1/status/11482284114
全文検索など「探すためのツール」が索引で、目録は「所蔵しているものが何であるか」を表す。なので、索引を(あるいは標目)を全文検索で置き換えることはできても本来の目録は残るでしょう。 RT @tsaka1: 蛇足。目録と索引の役割は根本的に異なるけど、… #toshokan
2010-04-02 23:21:14
http://twitter.com/tsaka1/status/11482416294
あー、柄にもないことを書いてしまった。要は検索の手段は色々あっても、検索結果を見て「何であるか」がわかるようにする情報=目録はいるんだと思います。MARCを索引として検索の手がかりにするのは歴史的な経緯に基づく「代用」だということで、多分皆さんと同じ考え。 #toshokan
2010-04-02 23:23:40
http://twitter.com/tsaka1/status/11482530312
@tsaka1さんのつぶやきでほとんどすべてを表しているとは思うのですが、わたしなりに思うところを少しだけ書いておこうかなと思います。
「要は検索の手段は色々あっても、検索結果を見て『何であるか』がわかるようにする情報=目録はいるんだと思います。」つまり、検索のために必要なデータ(ここでいう索引)と、同定のためのデータ(ここでいう目録)という区別は重要だよねってことがまずあるのかなと思っています。
「全文中に明示的に記述されず、機械的に補完出来ない」ってところもミソかなと。明示的にとか機械的にってあたりが。書名や著者、出版者などの情報が全文中に明示的に記述されて、機械的に補完できるのか?というところかと。
また、全文そのものに書いてない情報って、具体的になにがあるのか?本を題材に書いてみます(既存のMARCに書いてあるかどうかは区別してません)。
- 本のサイズ(縦×横×厚み)
- 本の重さ
例えばこんなのがあるかなと。もちろん、書いてあってもおかしくないですが、私はあまりみたことないですね。どちらにしろ、本に書いてあったとしても、先に述べた明示的、機械的でひっかかりますが。ま、検索結果に欲しいかどうかは別かもしれませんが、本を買う人にとっては欲しかったりする情報じゃないでしょうか。というか私は欲しい。
MARCではありませんが、目録という意味では、次のようなものがありますね。
- 本の来歴(本がどこから来たか、誰が買ったかなど)
- 誰(どこ)が所有しているか
- どこに保管されているか
- その本にアクセスするにはどうしたらよいか
というわけで、なんかぜんぜんまとまりがないですが、、、
ともかく、長年のうぅ感をすっきりさせてくださった@tsaka1さんには感謝感謝ですー。